地理・人口
錦州市
©ERINA
maru 位置: 遼寧省の西南部。
maru 面積: 1.03万km2
maru 人口: 306.4万人。
maru 教育: 大学は4校で、錦州師範学院・錦州医学院などがある。
maru 民族: 漢族等。

主要経済指標
maru 国内総生産(GDP) 22.76億ドル(1999年) 23.88億ドル(2000年)
maru 1人当りGDP 747.1ドル(1999年) 780.69ドル(2000年)
maru GDP成長率 6.5%(1999年) 8.0%(2000年)
maru 産業構成比(GDP): 25.46:37.12:37.42
maru 固定資産投資額(成長率) 4.06億ドル(▲0.8%)(1999年) 5.3億ドル(12.7%)(2000年)
maru 契約ベース外資額 契約数(件) 契約総額(万ドル)
2000年 31 12,955

地域内に占める地位
遼寧省内に占める地位
maru 面積: 6.9%
maru 人口: 7.4%
maru GDP: 4.2%

主要産業と工業団地
主要産業
 錦州は遼寧省の重要な工業都市の一つである。現在、石油化工、冶金、エネルギー、機械、紡績、食品、製紙、電子、医薬、建材を重点とした工業体系が形成されており、郷鎮以上の工業企業は約2,000社である。特大型企業が2 社、大中型企業が73社で、その中でも総合経済効益が全国の石化部門で前列にある錦州石化公司、全国最大の凸版紙生産企業であると全国最大の特殊鉄合金の生産科学研究基地であるなどがある。錦州には、石油、天然ガス、石炭、蛍石、石灰石、膨潤上など何種類もの地下資源が埋蔵されており、経済の発展に豊富な資源を提供している。
 錦州は、魚米・果物の故郷でもある。500余万ムーの良田に高粱、トウモロコシ、大豆、落花生、綿花、小麦などが生産されている。また、りんご、鴨梨、葡萄、云白杏等果物が興産されており、各果物の生産量は20万トンずつを超えている。さらに、沿海においては、車えび、カニ、赤貝など海産物が国内外でも有名である。
経済開発区
1 錦州経済技術開発区
 錦州経済技術開発区は1992年に成立し、1993年3月15日に遼寧省政府から省級開発区に許可されており、市級経済管理権限と県級政府職能を持っている。2001年の初めには、開発区と元の錦州経済発展試験区が合併され、現在の全区の行政管轄区域は135.8平方q、海岸線は17.2qになっている。10年間の開発建設を通じて、すでに跳躍式の発展段階に入っており、開発された20平方qの範囲の中で、“六通一平”がすでに実現された。港、倉蓄、工業、商住、観光など五つの功能区が一定の規模を持っている。今のところ、区域内には、インフラ設備、公共施設、社会サービスシステムなどが完備されており、“三区一体”の景色が人々に喜びを与えており、区域環境が清潔で、美しく建設されている。
2 錦州高新技術産業開発区
 錦州高新技術産業開発区(簡単に高新区と称する)の前身は錦州高新技術産業園区で、1992年に遼寧省政府から省級高新技術開発区に許可されており、錦州の21世紀における対外開放、輻射遼西、招商引資、重点的な開発区域といった新城区である。市政府等機関がこの区に位置されており、高新技術産業の飛躍的発展により、同区は将来的には錦州の政治、経済、文化の中心になるだろう。高新区は、錦州市区域の南部に位置しており、市区域と橋を隔てており、管轄区域の面積は45q2である。孵化科学研究区(インキュベーション)、産業創業区、商貿集散区、文化娯楽区、休暇観光区、行政弁公区、生活住宅区などの建設を計画中である。交通状況としては、空港との距離が8q、港との距離は32q、駅との距離は3qで、京哈(北京−ハルビン)鉄道、京哈公路、京瀋(北京−瀋陽)高速公路、秦瀋(秦皇島―瀋陽)電化鉄道が高新区附近を通っている。高新区は、十年間、インフラ施設の建設を加速化しており、10億元近くの資金を投資した。また、一日の供水能力が3万トンの配水工場、4万kVの変電所、1.5万プログラム自動制御電話交換能力を持っている郵便電信局及び供熱能力70万m2の集中供熱センターを建設した。公路ネットワーク、排水施設及びガスパイプがすでに形成されており、基本的に“七通一平”が実現され、各種の高新技術企業が高新区に入って発展できる基本的条件を完全に整えている。高新区は、2000年に入った後、その発展スピードが速く、技術貿易の総收入、工業総生産額、高新技術産業生産額、利潤と税金等主要経済指標が100%のスピードで増加した。区内には、150余社の企業が入っており、200余りの高新技術項目があり、その中で国際最先端レベルに達したのが20余項目、国内先端レベルが80余項目である。 高新区の招商引資のハードとソフトのインフラ環境が全面的に改善されており、17,300平方mの孵化能力を持っている高新技術産業創業サービスセンターが建設された。また、工商、税務、金融、仲介等が完備されたサービスシステムが形成され、高新技術企業ベンチャ−投資公司が建設された。さらに、遼寧工程技術大学等大学と共同で五个科技園を建設し、招商引資及び高新技術企業の発展を促進する優遇政策を発布した。

対外関係
maru 友好都市
高岡市 日本 1987年
アンガルスク ロシア 1995年
スリーリバーズ カナダ 1999年
坡周市 韓国 1999年
プレーヴェン ブルガリア 2002年
maru 主要対外交流活動
錦州民間文化祭:
 既に四回開催した。今年20カ国或いは地区の客がこの文化祭に参加する見込みである。お客の中にここ近年同市の企業の商談客も世界トップ500社の企業及び多国籍企業の商人も外国の友好都市のお客もいる。それは文化、経済貿易を一体化した対外交流の絆である。

アクセス
maru 国内外航空路
錦州——北京  錦州——上海  錦州——
錦州——成都  錦州——昆明  錦州——広州

その他
 錦州市は長い歴史を持っている古い町である。錦州は最も早く「徒河」と呼ばれ、戦国時代に燕国の地に属し、秦が六国を統一して、今の錦州の大部分は遼東郡に属した。漢代、三国時代に幽州の昌黎郡に属し、西晋時代に平州昌黎郡に属し、北魏、東魏、北斉の時代に営州に管轄され、隋唐時代に柳城郡、燕郡に属した。唐代に安東都護府の所管になった。「錦州」という名称は遼の時代から呼ばれたもので、中京道に属した。金代に東京路、北京路に属した。元代に遼陽行中書省に属し、明朝に遼東都司に属し、清朝に天府に隷属し、「錦州」を「錦県」に改名した。中華民国時代に錦州は遼寧省に管轄された。新中国成立後、遼西省を設置し、省都は錦州に駐在した。1954年遼西、遼東の両省合併により、錦州は遼寧省に属した。
 錦州市は中緯度地帯に位置し、温帯モンスーン気候に属し、通年温度差が比較的に大きい。年平均気温は8℃—9℃で、年平均降水量は540—640ミリである。気候の主要特徴は四季がはっきりし、それぞれの特色を持っており、モンスーン気候が著しく、大陸性が強い。錦州市の地理的位置と自然気候は農、林、畜産、水産業の発展に良好なる条件を提供した。

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